古代の遺物からは、当時の人々の暮らしが垣間見えることがあります。近年、考古学のニュースでは古墳に関する話題が熱い注目を集めています。特に奈良県奈良市の富雄丸山古墳からは、2メートルを超える国内最大の蛇行剣(刃が波のように複数回屈曲した形状の剣)や、珍しい文様が施された盾形青銅鏡など、これまでにない貴重な遺物が次々と出土して話題になっています。
この古墳時代には桜川市でも、興味深い遺物が出土しています。その遺物は「移動式カマド」(写真(1))といい、真壁町椎尾の八幡前遺跡から見つかりました。
カマドとは、湯を沸かしたり、食材を煮炊きしたりするための調理設備で、地域にもよりますが、昭和の中頃までは、一般家庭の台所に設置されていました。このカマドという技術は、今からおよそ1600年前の古墳時代中頃に、日本に伝わったと言われています。
カマドが伝わる前には床面に火を燃やす所を直接作った「炉(ろ)」(写真(2))と呼ばれるもので、調理をしたり、暖をとったりしていました。一方、カマドは写真(3)のように、住居の壁際に作り付けられ、火力も強く、より効率的な調理が可能な画期的技術として普及していきました。
カマドが日本に普及し始めた時期よりも、少し後に作られたと思われる移動式カマドは、家の中に固定される通常のカマドとは違い、土器で作られており、文字通りどこにでも運べるようになっています。大きさは、成人男性の膝ぐらいまでの高さで、幅も同じぐらいです。
移動式カマドは、通常のカマドと同じく、主に煮炊きに使われていたと考えられていますが、一部の研究者はこれ以外の用途にも使われていた可能性があるとしています。たとえば、屋外での調理や儀式用の道具だったのでは?といった解釈もあります。
次回は、移動式カマドをもう少し深堀りした内容を紹介したいと思いますので、興味がわいた方はぜひ次回もご覧ください。
写真(1) 移動式カマド(八幡前遺跡出土)
写真(2) 炉のイメージ図、青の囲みの中にあるのが炉(霞ヶ浦郷土資料館第21回特別展「霞ヶ浦沿岸の弥生文化土器から見た弥生社会」)図録から加筆して転載
写真(3) カマドのイメージ図(茨城県立歴史館企画展示「よみがえる古代の茨城」)図録から転載
(学芸員 金子)
